「めぐり合い」  藤次郎が社会人になって、はや三年…回路図の図面引きから始まった仕事は、いつの間 にか、システムのほんの一部の装置の設計開発を任されるようになっていた…  この日も、システムの開発の進捗状況報告の全体会議が終わり、藤次郎は、上司の係長 と会議室に残り、現在設計している装置についての打ち合わせをしようとしていた。  「今日は、君の作成している装置に組み込むプログラムを担当する会社の方にも打ち合 わせに参加してもらいたくて、来てもらった」 と、係長は言って、会議室のドアを開けると、  「どうぞ」 と、一人の人物を呼んだ。課長が招き入れたその人物を見るなり、藤次郎はギクリとした。 そして、目が合った瞬間、  「あーーーっ」 と言って、お互い無意識に指を差していた。  「お玉…」  「藤次郎…」  二人とも、困惑した表情をした。  「えっ?二人は知り合いなの??」  係長は、二人の表情を見比べるように言った。  「はい…なんというか…」  「幼馴染です…」 と、気恥ずかしさのあまり、藤次郎と玉珠は、二人して顔を赤らめてうつむいてしまった。  暫く重い空気が会議室に漂った。  「…なんか、仕事の話ができるような状態じゃないみたいだね」 と、ため息混じりに言うと、係長は席を立ち、  「複雑な訳があるみたいだけど、暫く二人で話したら?俺はタバコ吸ってくる」 と言い残して、会議室を出て行った。  残された二人はお互いに気まずい雰囲気になった…それにいたたまれなくなって、  「あの…」 と、顔を上げて二人同時に声をかけた。目があった瞬間、また同時に二人はうつむいてし まった。  そうして、また沈黙ののち、玉珠が  「なんで、あれから連絡してくれなかったの?私待っていたのよ!」  うつむいたまま、上目づかいで藤次郎を睨むようにして、玉珠の心から絞り込むように 攻める口調に、  「ごめん…」 と、藤次郎は小さくなって謝るしかなかった…  …これは、筆不精な藤次郎が完全に悪かった。  藤次郎と玉珠は、小学校以来の幼馴染である。家も近く、よく行き来していた。当時は 異性の友達がいるだけで、同性の友達に冷やかされたものであるが、玉珠が気にしなかっ たのと、周りの友達が応援してくれたおかげで、付き合うことができた。  二人が高校にあがるとまもなく、玉珠の父の転勤によって、別れ別れになる。玉珠は手 紙を出したが、藤次郎が筆不精のため返信をしなかったので、そのまま不通…  その後、夏休みに上京した玉珠と再開して、文通を始めるが、これも藤次郎の筆不精が 災いして、手紙の交換が延び延びになり、最後、藤次郎が九州の大学に入学することが決 定し、玉珠が東京の短大に入るの事を知らせて、そのあとまた不通…この当時、携帯電話 はまだなく、インターネットはもとよりなく、パソコン通信も、市場に出始めた頃だった…  それから四年、東京に帰ってきた藤次郎が、玉珠を探すがもう後の祭り…こうして再開 できたのが奇跡である。  「…私、本当に待っていたのよ!」 と、もう一度玉珠は言った。その言葉に藤次郎は黙ってうつむくしかなかった。重い空気 が会議室を支配した。そのとき、  「…そろそろ、いいかな?」 と、係長がドアを開けて入ってきた。係長は、二人の様子を見て、  「あれれ、まだ解決してないみたいだね…でも、そろそろビジネスに徹してくれないと 困るのだが…」  「はい…お玉、打ち合わせをしよう。あの話は、後でまた…」 と、声が上擦りながら取り繕う様に言う藤次郎の言葉に、玉珠も、  「そっ、そうね…」  藤次郎と玉珠は、お互い表面上は平静を取り繕って、仕事の打ち合わせを行った。  一通りの打ち合わせが終わった後、係長は玉珠に向かって、勤めて明るく  「お互い、知り合いだから遠慮なく話し合って、いい仕事をしてください。こいつは本 当にしようのない朴念仁だから、ガンガン意見して手綱を取ってやってください」 と、係長は藤次郎を肩を揺すりながら言った。  「…そんなぁ…」  その様子を見て、玉珠はうれしそうに言った。  会議が終わって、会議室を出て行く玉珠を席に座ったまま見送る藤次郎に対して、係長 は、  「なにをボサッとしている。追いかけんか!…ほんとうにしようのない奴だ」 と、藤次郎の背中を叩いた。  会議室を出ると、ドアのところには玉珠が居た。見ると、玉珠も何か言いたげな表情を していた。途端に藤次郎は動悸が激しくなり、血が沸騰しそうになるような気がした。そ れでも、精一杯の思いを込めて、  「今夜、空いてる?」 と、声をかけると、  「うん…」 と、小声で玉珠も応じた。やはり、この短い会話で通じる二人だった。待ち合わせの時間 と場所を決め、二人は分かれた。  この後、藤次郎は有頂天になって、全然仕事が手につかなくなり、係長に冷やかされな がら、早々に退社した。  この夜、藤次郎は玉珠を自分のアパートに呼んで、積もる話をした。  その後、藤次郎と玉珠はわだかまりが取れて(実はそれ以上…)、名コンビ振りを発揮 して、仕事は順調に進み…数ヵ月後。  「…これで、よし…っと、俺のここでの最後の仕事は、部下にお互い心から話し合える パートナーと結びつけることで終わったか…」 と係長は、藤次郎の報告をデスクで聞きながら、独り言のように言った。その言葉尻を捕 らえて  「えっ?係長、最後って?」 と、藤次郎が聞き返すと、  「ああ、実はまだ内緒なんだが、今度転勤の内定が出ていてね…」  「…そうですか…」  「まぁ、俺としては前から申請していた実家のある支社にいけるので、喜んでいるよ」 と、笑って答えた。  係長が転勤して数日後、朝礼で、部長が一人の女性を紹介した。  「このたび九州支社から転勤してきた、係長の宗像君だ」  「宗像です。よろしくお願いします」 と、顔を上げた宗像幸子は、藤次郎の顔をみるなり、  「あーーーっ、あなたは…」 と言って、無意識に藤次郎を指を差していた。  そこにいた一同、何が何だか解らず、呆然としていた。  藤次郎も、最初しばらく彼女のとった行動が理解できなかったが、そのうち気がつき、  「さ、幸子さん…」 と、藤次郎も声が上ずっていた。  「萩原さん、どうかしました?」 と言って、今年入社したばかりの後輩の上杉景子は藤次郎の作業着の袖を引っ張った。 藤次郎正秀